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普段は全く見ないが近頃、夢を見る。内容は全部仕事関係。しばしば親分と激論している。朝起きると疲れる。一昨日は前日読んだ論文をもう一度夢の中で読んでいた。内容は”片頭痛患者の67.1%は目の痛みを感じている”という臨床データ。あれ?確かこれ読んだことあるなあ〜と思っていたところで終わった。どうにもぱっとしない。

なのでしばし現実(夢?)からの逃避を。

『額田女王』井上靖著。結局、土曜日、全部読んでしまった。一般的に彼女は絶世の美女、天智、天武天皇の寵愛を受けた歌人と認識されていると思う。井上靖氏、黒岩重吾氏はそれぞれの著書で優雅に額田女王を表現しているが、おもしろいことに彼女に関する記述、とか史料はほとんどないらしい。つまり物語の大半はFictionということになる。

現存する彼女に関する史料を調べてみた。日本書記にちょこっと登場するらしい。
(天武紀下)に「天皇初メ鏡王ノ女額田姫王ヲ娶シテ、十市皇女(とをちのひめみこ)ヲ生ム」とあるだけ。後の天武天皇となる大海人皇子(中大兄皇子の弟)との間に娘(十市皇女)をもうけた、ということのようだ。

少なくとも皇室と接点を持ち得る立場の女性だと推測できる。

額田女王は天智天皇、天武天皇の寵愛を受けたというので有名だ。しかしそれに関する確たる証拠もない。ただ万葉集に掲載されている2首の和歌から推測されている。その歌は有名中の有名なものだ。近江は蒲生野での宴で披露したとされるもの。

茜指す紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る(巻1・20・額田王)
紫の匂へる妹を憎くあらば人妻ゆゑに我恋ひめやも(巻1・21・大海人皇子)

この2首から、額田女王を巡る当時の状況と中大兄皇子ー大海人皇子の関係を後世の人々が想像し、今なお研究が行われている。

とある大学の研究室では『茜指す紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る』の袖に着目し、当時の服装文化を研究することで、この和歌にある“袖”はどんな袖だったのか?を研究しているそうだ。

話は戻る。蒲生野での宴席、井上氏はこの和歌が詠まれるいきさつをかなりのページをさいている。確かにそれまでの過程を知ると、さもありなんだ。しかし考えてもみれば額田女王はすごい。確かに中大兄皇子、大海人皇子の寵愛を受けたとはいえ、いずれの妃にもなっていない。

何者なのか?と疑問をもってしまう。どうやら額田女王は神に仕える仕事に携わっていたらしい。時に天皇をはじめ誰かの心に入って、その人に成り代わりその人の気持ち感情を和歌で表現する。このあたりが額田女王がある意味、両貴人に翻弄されず、自律していた所以かも知れない。

驚くのは、井上靖氏の想像力(私が言うな!という話だが)。額田女王についてはほとんど史料がない状態。多分物語を作るに際し中大兄皇子、大海人皇子に関する史実を分析した上で、そこに額田女王が入るとどうなる?という感じで一つ一つ表現していったのだろうか?物語では歴史描写も詳細に書かれてあるし、額田女王だけでなく、当時の日本ー朝鮮半島の関係や、政治的な確執、庶民の様子も書かれてある。勉強になる。

よくよく読めばそういう歴史説明など史実にのとった場面と著者の想像の場面はやや文章のトーンが違うように感じた。

想像力、重要だ。おもしろい研究アイデア。何もせず浮かんでくるわけない。やはり多くの情報をインプット(経験=勉強)しないとはじまらない。夢の中に昨日読んだ論文がはっきりと出て来て『これ、すでに読んだぞ!』とゆうてるようではまだまだ話にならない。しかしかなり頭痛がひどい。昨日も書いたが(←関連記事、クリック)、

『にきたつの 船乗りせむと 月待てば 潮もかなひぬ 今はこぎいでな』額田女王

これ、ええ歌ですな。元気が出て来る。物語にも何度か出て来る、梅の花。見たいな。しかし何故、梅の花、日本人を捉えるのだろう?

ところで額田女王ってどんな顔してたんやろ?理想ならなんでも言えるが、、、、(想像力の欠如、残念!)
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